幕末

ペリーの初来航

 

1853年(嘉永6年)

黒船見物に集まった庶民
黒船見物に集まった庶民

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ぺリー提督(1794〜1858)
ぺリー提督(1794〜1858)

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砲台場(おだいば)の急造
砲台場(おだいば)の急造

品川湾に国防のために築造

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黒船見物に集まった庶民
黒船見物に集まった庶民

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1853年①(嘉永6)   ペリーの初来航


1853年のこの年、ジョン万次郎はようやく郷里の土佐国に念願の帰郷を果たすことができた。一方、ペリー艦長が香港から乗り込んだ四隻の黒船が琉球に来訪、さらに小笠原諸島の父島を探索後に浦賀沖(今の神奈川県横須賀市沖)に6月に来航した。従来の見慣れた白い帆船ではない黒船の日本来航は、「西洋の産業革命の日本到達の第一波」というべきもので、徳川幕府に衝撃を与え、「黒船来航」の翌7月にかつて「蛮社の獄」を主導した病床の12代将軍・徳川家慶(いえよし、1793~ 1853)は急死、徳川家定が13代将軍となった。混乱した徳川幕府に、翌月にはロシアも同様に黒船を派遣し、江戸城はもとより江戸市中は大騒ぎとなった。来春の再来航予告を受けた幕府は、品川沖に台場を築き、長崎のオランダ商館に黒船の購入を打診した。

 


年表

【1853年(嘉永6)】


・4月 ペリー艦隊が琉球に来訪

・5月 ペリー艦隊が小笠原諸島を視察

・6月 ペリーの黒船4隻が浦賀沖に来航 開国を要望

   将軍・徳川家慶が没し、家定が13代将軍になる

・7月 ロシアのプチャーチンが黒船4隻、長崎に来航

・8月 幕府が品川に砲台を築く

・10月  幕府がオランダに軍艦・兵器の購入を依頼


《世界の動き》


・1853年、欧州でクリミア戦争始まる(1853〜1856)

・1853年、ニューヨーク万国博覧会が開催(23か国参加)

・1853年、フイルモア大統領が派遣のアメリカの艦隊が

       日本に来航、フィルモア大統領の国書を受領

・1853年、ロシアの艦隊が日本に来航

 
日本と世界
《米・日》日本遠征隊の経路
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《中国》上海
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《中国》広東省の広州市
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《中国》香港
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《米》ペリー艦隊の琉球来訪
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《米》ペリー艦隊の首里上陸
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時の政治
 

​​第12代徳川将軍・徳川家慶(いえよし、在職1837~1853)

​第13代徳川将軍・徳川家定(在職1853~1858)

徳川家慶(在職、1837~1853)
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徳川家定(在職、1853~1858)
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孝明天皇(在位、1843~1867)
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女性史
 
歌川国芳・画、<艶曲揃>
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TOPICS
【絵師・国芳の幕府監視】
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【砲台場(お台場)の急増】
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