幕末

幕府の京都移転

 

1862年(文久2年)

品川の料亭「土蔵相模」
品川の料亭「土蔵相模」

長州藩士が襲撃前に立ち寄った

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料亭「土蔵相模」
料亭「土蔵相模」

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生麦事件の現場
生麦事件の現場

神奈川県の生麦村

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品川の料亭「土蔵相模」
品川の料亭「土蔵相模」

長州藩士が襲撃前に立ち寄った

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1862年(文久2)  幕府の京都移転


「第一回遣欧使節」(開港延期交渉使節団)が初渡欧した1862年、国内で1月早々に今度は江戸城の坂下門外で水戸浪士を中心とする尊攘派が、公武合体論の和宮降嫁の立役者だった老中・安藤信正を襲い負傷させる事件(坂下門外の変)が発生した。「公武合体」の証 (あかし)とし、14代将軍の徳川家茂が、大阪城入りするため、大阪城代・京都所司代を統括する京都守護職が新設された。事実上の遷都で京市街の守護には、かつて将軍として京の地に初めて足を踏み入れた3代将軍・徳川家光とゆかりのある会津藩(初代藩主の保科正之は第2 代将軍徳川秀忠の子で、家光の異母弟)から会津藩主の松平容保(かたもり)が金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)に屯営を設置して警戒の任にあたった。この年、薩摩藩では遠島処分の西郷隆盛が帰藩したのに続き、薩摩藩士が神奈川の生麦村で外国人を殺害(生麦事件)、また、吉田松陰の門下生の長州藩の伊藤俊介(後の伊藤博文)・志道聞多(後の井上馨)らの下級藩士が江戸・品川の建設中のイギリス公使館を襲撃する事件が勃発した。


年表

【1862年(文久2)】


・1月 坂下門外の変

・2月 和宮と徳川家茂将軍の婚儀

    遠島処分の西郷が帰藩

・5月 英公使館再度襲撃(第二次東禅寺事件)

・8月 京都守護職が設置 

     薩摩藩士が生麦事件を起こす

・9月 幕府オランダ留学生が渡航

・12月 長州藩藩士が品川御殿山の英公使館襲撃



《世界の動き》


・1862年、アメリカで南北戦争(1861〜1865)続く

      リンカーン大統領が奴隷解放宣言

・1862年、イギリスで2度目のロンドン万国博覧会が開催

     駐日公使オルコックが日本の工芸品を初出品

・1862年、日本、ロンドン覚書に調印(江戸・大阪の開市、

     兵庫港・新潟港の開港5年延期、貿易制限撤廃)

 
日本と世界
《イギリス》ロンドンで2回目の万国博
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《イギリス》ロンドン万国博の幕府使節団
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《米》奴隷解放宣言の草案を練るリンカーン
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《米》奴隷解放宣言の閣僚への読み上げ
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《米》奴隷解放宣言書
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《米》奴隷解放宣言を読む奴隷たち
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時の政治
 

第14代徳川将軍・徳川家茂(在職1858~1866)

徳川家茂(在職、1858~1866)
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孝明天皇(在位、1843~1867)
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女性史
 
歌川国芳・画 <婚礼之図>
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歌川豊国・画 <源氏御祝言之図>
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TOPICS
【日本初の官製の新聞発行-1862年】
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【長崎初の営業写真師-1862年】
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【横浜初の営業写真師-1862年】
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【麻疹(はしか)の大流行-1862年】
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