明治

征韓論と維新政府の挫折

 

1873年(明治6年)

断髪され軍服姿の明治天皇
断髪され軍服姿の明治天皇

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銀座通りの竣工
銀座通りの竣工

前年の大火災後に不燃都市を目指し西洋煉瓦街が誕生.1873

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征韓論を唱える西郷隆盛
征韓論を唱える西郷隆盛

和服は三条太政大臣と東久世外務卿

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断髪され軍服姿の明治天皇
断髪され軍服姿の明治天皇

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1873年(明治6) 征韓論と維新政府の挫折


「御一新」と呼ばれた明治維新が始まって6年近くが経過したが、維新政府には国内外の課題が山積みされていた。中央政府と地方との関係が第一の課題で、日本と清国に両属関係にあった琉球を3月に琉球藩と改め、4月には全国から元藩主などの知事を東京に集めて地方官会議を開催し、地方税収としての地租(今の固定資産税に相当)について議論、地方財政の基盤を堅固とすべく7月には地租改正に踏み切るも、地方の増税策はたちまち政府への不満・反発につながることとなった。地方に充満する政府への怒りは、9月に帰国した岩倉使節団に現実の課題として突き付けられ、居残り組の西郷隆盛を筆頭とする参議らは,廃藩による失業で生じた困窮士族の不満に対処すべく日本の開国要求を拒否する朝鮮は無礼だからと「征韓論」を唱えた。最終的にはその意見は通らず、征韓論に敗れた西郷隆盛(薩摩藩)・副島種臣(肥前藩)・板垣退助(土佐藩)・江藤新平(肥前藩)ら参議が政府を去ることとなり、薩長土肥の維新政府は空中分解してしまった。

年表

【1873年(明治6)】


・1月 旧暦の明治5年12月3日が元旦になる

・4月 地方官会議が開催(地租を議論)

・7月 地租改正

・8月 第一国立銀行(現・みずほ銀行の前身のひとつ)

   が開業

・9月 岩倉使節団一行が帰国

・10月  征韓論に敗れた西郷・副島・板垣・江藤ら参議が

    政府去る

・11月 内務省(1873~1947)が設置



《世界の動き》


・1873年、独墺露の三帝同盟が締結

・1873年、オーストリアの首都ウィーンで万国博覧会が開催、

     日本政府が公式に初参加、日本館を建設


 
日本と世界
《墺》ウィーン万国博覧会
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《墺》ウィーン万国博覧会
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《墺》ウィーン万国博覧会
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《独》岩倉使節団のベルリン訪問
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《独》岩倉使節団のドイツ訪問
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《露》岩倉使節団のロシア訪問
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時の政治
 

​第122代天皇・明治天皇(睦仁、在位1867~1912)

太政大臣 三条実美

軍服姿の明治天皇
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太政大臣・三条実美
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女性史
 
富岡製糸場の女工
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富岡製糸場(群馬県)の女工
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富岡製糸場
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男女相撲の禁止
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津田梅子らの米国留学生
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TOPICS
【銀座通り(銀座中央通)の誕生-1873(明治6)】
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【工学寮の開校・建物竣工-1873(明治6)】
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【最初の銀行・第一国立銀行-1873(明治6)】
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【郵便はがきの最初-1873(明治6)】
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【上野公園の設置-1873(明治6)】
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