大正

ストライキの時代

 

1912年②(大正元年)

大正時代の到来
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東京の公営路面電車
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都市化で東京の人口増

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労働者のメーデー
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大正時代の到来
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テキスト本文

1912年(大正元) ストライキの時代


明治最後の年は、正月からの路面電車の労働争議(労働者のストライキ)が世間を騒がし、7月30日の明治天皇の崩御の翌日に、東京・芝の「ユニタリアン教会・唯一館」(ジョサイア・コンドルが設計) で鈴木文治がキリスト教人道主義による中央労働団体「友愛会」を設立した。日露戦争で積みあがった戦時国債の償還負担に苦しむ西園寺内閣(第二次)が元勧業銀行頭取(山本達雄)を大蔵大臣に起用して行財政改革に本腰の姿勢を表明すると、軍備増強を図りたい長州閥の陸軍省と薩摩閥の海軍省の間で、来る大正2年度の予算編成をめぐり、疑心暗疑の暗闘が始まった。 8月に長州閥の陸軍軍人で前首相の桂太郎が病弱な大 正天皇を補佐する重職に起用されると、長州閥の筆頭の山縣有朋は誕生した中華民国の中国東北部(満洲)での権益を守るべく、一転、ロシアと協調する路線を主張、山縣の意向を受けた陸軍軍務局長・田中義一(後の昭和期の首相)もいくつかの理由を並べ立てて朝鮮半島に2個師団を増設するよう要求し、予算案が閣議提出されて否決されると、陸軍大臣の上原勇作は「国防軽視」を理由に単独辞表を天皇に提出する軍特権を乱用して辞任し、後任大臣を推薦せず(陸軍のストライキ)、3日後に内閣は総辞職した。与党の政友会がその経緯を公表すると「陸軍の横暴」に非難の嵐が沸き起こり、立憲政友会を代表して質問席に立った第一次大隈内閣時の元文部大臣の尾崎行雄が桂太郎首相を糾弾する演説を行い、ここに第一次護憲運動が始まった。憲政擁護運動の陣頭にあった尾崎行雄・犬養毅の二人は「憲政の神様」となり、国民を巻き込んでの大運動(大正デモクラシーの始まり)となった。12月には宮中から復帰した桂太郎が第3次桂内閣を組閣したが、今度は海軍が猛反発して海軍大臣の斎藤実(後の昭和期の首相)は留任を拒否(海軍のストライキ)する異常な事態となり、かくて大正時代は「ストライキの時代」となった。

年表

【1913年までの世界の女性参政権の年表】


・1893年(明治26) 英領のニュージーランドで女性の選挙権

          が認められる(被選挙権は1919年)

・1902年(明治35) 英の自治領のオーストラリアが女性

            参政権を認められる

・1906年(明治39) ロシア領フィンランドで初の女性の被選挙    

          権が認められる

・1913年(大正2)  ノルウェーで女性参政権が認められる


  


 

 
日本と世界
《スウェーデン》第5回オリンピック・ストックホルム大会
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《スウェーデン》オリンピック開会式
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《日・スウェーデン》日本選手団の入場行進
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《日・スウェーデン》マラソンスタート
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《日・スウェーデン》400M予選の三島選手
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《スウェーデン》女子の体操競技
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時の政治
 

第14代首相・第2次西園寺公望内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/14.html

第11回衆議院議員選挙(5/15)

第15代首相・第3次桂太郎内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/15.html

伏見御陵(京都・伏見区)
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第三次桂太郎内閣
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女性史
 
カフェーの女給
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婦選大会での女性参政権運動
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英国ロンドンのサフラジェット達
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サフラジェットの法廷
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反-女性参政権運動
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TOPICS
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【日本のオリンピック初参加①-1912】
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【日本初のオリンピック参加-1912】
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