大正

関東大震災の発災

 

1923年②(大正12年)

首都圏・関東一円が罹災
首都圏・関東一円が罹災

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震災直後に各地で上がった火の手
震災直後に各地で上がった火の手

多くの人々が火災で焼死した

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震災復興当初の東京神田
震災復興当初の東京神田

バラックの商店街

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首都圏・関東一円が罹災
首都圏・関東一円が罹災

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テキスト本文

1923年②(大正12) 関東大震災の発災


1923年(大正12)9月1日。その日の東京は朝から暴風雨に見舞われ、一転、午前10時頃までには治まり、好天気となって、日比谷の帝国ホテル新館(ライト館)では新築披露のおめでたい日だった。時計の針が正午を指す直前(午前11時58分44秒)に突然、相模湾 西北部を震源地とするM7.9の直下型大地震が大音響とともに関東地方南部一帯を急襲した。最初の大激震で東京市街に架かっていた600近い橋の60%が崩落し、都心の市電・電車網は瞬時に停電して壊滅し、日本の首都は致命的な痛撃を受けた。直後に市街77カ 所(まもなくその数は88カ所に及んだ)から火の手が上がり、パニックが始まった。最上階で演奏会が行われていた浅草の「十二階」(凌雲閣)は8階部分から真二つに折れて、地上に落下、下敷きになった数十軒の民家から上がった火の手は、六区歓楽街(映画街)の全体 に一気に広がっていった。隅田川対岸の本所(今の台東区本所地区)でも震災と同時に火の手があがり、また、同じく下町の深川地区(今の江東区深川地区)でも 火の手があがって、上空の強風にあおられた炎は隅田川を飛び越え、浅草・上野方面へと広がっていった。上野動物園では檻舎が壊れて動物が逃げ出し、火の海となった吉原遊郭でも、娼妓が逃げ込んだ吉原公園もやがて火に包まれていった。隅田川をはさんで、浅草方面、対岸の本所方面からの避難民が吾妻橋で、鉢合わせとなり、やがて火焔に包まれて川に飛び込んだ避難民の多くが水死し、明治以来の名物鉄橋も崩落する運命となった。都心では東京駅周辺が壊滅し、丸の内では、日本郵船ビルの隣で建築中のビルで作業員300 人近くが一瞬にして圧死し、勤め人や近隣住民は皇居前広場に続々と避難、後に数十万人の罹災者が押し掛けることとなる日比谷公園でも、地震発生5分後には、公園内のレストラン「松本楼」が炎上、交差点付近の写真館から出火した火災が拡大し、その火焔は炎上する東京電燈(現・東京電力の前身)の本社があった有楽町方面を舐めるように広がり、濠端の警視庁を炎上させ、午後2時頃には「帝国劇場」に類焼し、有楽町駅、数寄屋橋を超えて、銀座を襲う勢いとなった。突然の大震災で日本の政治中枢は壊滅状態となった。大手町の内務省が地震発生10分後に炎上したのをはじめ、 大蔵省・文部省も燃え、築地の農商務省・逓信省・司法省の赤レンガ建物も外壁のみを残す無残な姿となり、 帝国議事堂も罹災し、日本の政治行政は、完全に機能不全となってしまった。震災4日前に加藤友三郎首相が急死していたため、地震発生当日の夕刻には「朝鮮人が放火して井戸に毒物を混入している」との流言蜚語(りゅうげんひご)が飛び交うなど、名実ともに無政府状態となった。震災翌日には急遽、台湾総督府の民生 局長・満鉄初代総裁・東京市長を歴任した後藤新平が 内務大臣に就任、既に次期総理に内定していた陸軍省出身の山本権兵衛が総理に就任して、東京市と周辺5 郡に戒厳令が出されたが、余震が続く震災3日目に内務省警保局長が「東京で朝鮮人が放火」の電文を広島県の呉鎮守府、長崎県の佐世保鎮守府に打電するに至り、翌日に「大阪朝日新聞」など地方新聞がこぞって記事を掲載したことで事態は手のつけられない状況となり、「食料暴動を未然に防ぐ」という名目で、6日までに約6000人の朝鮮人、数百人の中国人が日本人の組織した自警団などに殺害されるという痛ましい事態を招来した。9月16日には無政府主義者の巨頭と目されていた大杉栄が憲兵隊に自宅から平河町の憲兵隊本部に連行され、甘粕正彦大尉が中心となって柔道の絞め技で絞殺、同時に拉致した内縁の妻(伊藤野枝)と甥も同時に絞殺される事件も発生した。国内随一の輸出港だった横浜が壊滅的な被害を受け、東京では江戸時代・明治 時代のなごりは消え去り、街並みを一変させた大地震は、第一次世界大戦時のバブル景気の後始末が手つかず状態の日本社会に物心両面で測りしれない深刻な影響を与えた。11月には摂政宮から「国民精神作興(さっこう)乃詔」が出され、落ち込んだ国民を鼓舞すべくスポーツ振興が叫ばれ、翌1924年(大正13)に新しく建築された明治神宮外苑競技場にて「第1回明治神宮競技大会」(戦前の国民体育大会)が開催された。

年表

 【1923年(大正12)】


・1月「婦人参政同盟」が結成

・2月 東京駅前に丸ビルが竣工

・3月 普選獲得大示威運動

    工場法が公布

・4月 陪審法が公布

・8月 加藤友三郎首相が病没

・9月 関東大震災が発災

    山本権兵衛内閣が組閣

    亀戸事件(大杉栄殺害事件)

・11月 天皇の「国民精神作興乃詔」

・12月 虎の門事件で山本内閣が総辞職


《世界の動き》


・1923年、仏・ベルギーがドイツの賠償金不払いを理由に

      有力炭田のあるルール地方に出兵(ルール出兵)

・1923年、ヒトラー蜂起、ミュンヘン一揆(失敗)

     ドイツで天文学的なハイパー・インフレ状態に

・1923年、中国、日本に二十一カ条の廃棄を要求、

     日本が拒否

・1923年、孫文が北伐を開始決定 

 
日本と世界
《日・米》関東大震災の報道
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《日・米》米国赤十字の日本救援
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《日・米》日本での救援活動
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《日・米》救援隊の食事光景
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《日・朝鮮》日本人の自警団
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《日・朝鮮》自警団の武器
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時の政治
 

第21代首相・加藤友三郎内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/21.html

第22代首相・第2次山本権兵衛内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/20.html

加藤友三郎内閣
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焼失した大蔵省(今の財務省)
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急遽の首相親任式
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女性史
 
震災で全てを失う
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焼け跡の水たまりで身体を洗う女性たち
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女子高の英語授業
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女性飛行家アメリア・イアハート
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TOPICS
【浅草十二階(凌雲閣)の罹災】
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【朝鮮人虐殺事件-1923】
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【大杉栄虐殺事件(甘粕事件)-1923年(大正12)】
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【虎ノ門事件(摂政宮暗殺事件)-1923年(大正12)】
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【日本初のキャラクター漫画-1923年(大正12)】
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