大正

朝鮮総督府の新庁舎

 

1926年②(大正15年/昭和元年)

新築の朝鮮総督府
新築の朝鮮総督府

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1926年の南大門
1926年の南大門

ソウル市内

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嘆き悲しむ女性たち
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新築の朝鮮総督府
新築の朝鮮総督府

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1926年②(大正15/昭和元)  朝鮮総督府の新庁舎


日本統治下の京城(今のソウル)の景福宮の宮殿正面に新たな朝鮮総督府の建物が竣工したのは1926年(大 正15)10月1日のことで、4月にはかつてのハーグ密使事件で、日本政府の怒りを買って退任に追い込まれた父・朝鮮国王の高宗(コジョン、1852~1919)に代わり国王となった純宗(スンジョン、1874~1926)が4月に52才で崩御した。 1895年に日本軍に暗殺された閔妃(ミンピ、死後に明成皇后と呼ばれる)を母に持ち、1910年(明治43)に父・高宗が譲位を迫られて即位して15年近く国王として昌徳宮の主だった最後の大韓帝国の皇帝の葬儀は、6月に国葬としておこなわれた。1926年(大正15)の日本は大凶作で、食料事情が危機的な状況に陥り、朝鮮総督府が「朝鮮産米増殖計画要綱」を発表すると、朝鮮半島の港から日本へ向けて積み出される朝鮮米の価格が高騰し、その結果、朝鮮半島で暴動が発生した。そのような時代、のちに北朝鮮の初代首相となる金日成(キムイルソン、2代目が金成日、3代目が金正恩)は、前年に朝鮮民族の活動家だった父に伴われ、白 頭山(ペクトサン)をはさんで西にある鴨緑江の上流の朝鮮族が多く住む中国東北部(満洲)の西間島(にしかんとう)に移住したが、この年に父親と死別した。(翌1927年 には中学に入学、その後まもなく抗日活動家の道を歩み始めることとなったという)

年表
 
日本と世界
《朝鮮半島》魚釣り
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《朝鮮半島》昌徳宮・ソウル
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《朝鮮半島》国王・純宗(1874~1926)の死没
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《朝鮮半島》李垠(リコン、いうん)
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《朝鮮半島》李方子(まさこ)
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《中国》袁世凱
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時の政治
 

第24代首相・加藤高明内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/24.html

第25代首相・第1次若槻礼次郎内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/24.html

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女性史
 
モダーンガールの登場
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TOPICS
【赤信号-1926(大正15)】
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【青信号-1926(大正15)】
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【1926年のオートバイレース】
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