昭和(戦前)

血盟団事件・五・一五事件

 

1932年①(昭和7年)

軍人の正月の皇居参内
軍人の正月の皇居参内

存在感を増す軍部

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血盟団事件
血盟団事件

三井財閥の総帥・団琢磨の暗殺(三井本店ビル前・於)

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リットン調査団の来日
リットン調査団の来日

調査報道を読む荒木貞夫陸軍大臣

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軍人の正月の皇居参内
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存在感を増す軍部

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テキスト本文

1932年①(昭和7) 血盟団事件と五・一五事件


1931年(昭和6)12月に立憲政友会の犬養内閣が誕生、政権発足当初の与党・立憲政友会は174議席と少数与党を余儀なくされ、1932年(昭和7)1月に政権基盤の強化を狙い第60回帝国議会の冒頭で衆議院を解散総選挙に持ち込み、同月には満洲事変への国際社会の眼をそらせたい駐上海日本領事館の武官が上海租界で中国人に日蓮宗の日本人僧侶3人を襲撃させ、死傷者を出す事件を起こさせた。政府はこの事件を口実に抗日団体の解散を中国側に要求、中国に拒否されると、月末28日に海軍の陸戦隊と中国第19路軍との間で激しい市街戦となった(第一次上海事変)。日本国内は選挙期間中で、野党の立憲民政党の選挙対策委員長で、前大蔵大臣の井之上準之助が「一人一殺」を掲げる「血盟団」(盟主は日蓮宗の僧侶で、十月事件に関与した井上日召)に射殺された。イギリスの仲介で上海事変の休戦交渉が始まった3月の5日には三井を財閥にまで押し上げた功労者の三井合名理事長の団琢磨が東京日本橋の三井本館玄関前で暗殺された(血盟団事件)。5月の5日には、ようやく上海事変(第一次)の停戦がなって日本軍が撤兵したが、日本国内で5月15日 の日曜夕刻に『国家革新』を主張する海軍の青年将校 (中尉・少尉)、陸軍士官学校の生徒、それに右翼団体の一部が加わって、犬養首相官邸に自動車で乗り付けた5人の陸海軍の青年将校が「話せばわかる」という満洲国の承認に慎重で軍部と温度差が顕著だった犬養毅首 相を「問答無用」で射殺する軍事クーデター(五・一五 事件)が勃発した。総裁を失った立憲政友会は鈴木喜三郎を後任総裁として推し、次期首相に期待されていたが、軍部の圧力を受けた元老の西園寺公望が東京・ 駿河台の自邸に文武の重臣を集めて意見を徴して後継 首相は海軍大将の斎藤実とし、立憲政友会から高橋是清、立憲民政党から重鎮の山本達雄、それに貴族院・官僚などを加えた「挙国一致内閣」を作り、事件10日後に組閣を完了、ここに「憲政の常道」は犬養毅の死により名実とも終焉した。

年表
 
日本と世界
《世界》ブロック経済
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《米》食料デモ
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《米》大量の失業者
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《米》第10回オリンピック大会・ロサンゼルス大会
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《米》ロス五輪の開会式
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《米》ロス五輪のメインスタジアム
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時の政治
 

第29代首相・犬養毅内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/29.html

​帝国議会解散(1/21)

第18回衆議院議員総選挙(2/20)

第30代首相・齋藤實内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/30.html

衆議院の解散
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犬養毅内閣の組閣
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政友会の選挙広告
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選挙当日の犬養毅首相
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選挙は政友会が大勝する
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斎藤実首相
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女性史
 
和服にエプロン
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流行の和服にエプロンスタイル
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リットン調査団に歓迎の花束
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爆弾三勇士の母親表彰
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国際的女性オペラ歌手・三浦環
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ブラジルで初めて女性参政権獲得
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TOPICS
【国防婦人会の結成-1932年】
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【忠犬ハチ公の始まり-1932年(昭和7)】
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【第10回オリンピック・ロサンゼルス大会-1932年(昭和7)】
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【第3回冬季五輪・レークプラシッド大会-1932年(昭和7)】
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