昭和(戦前)

国際的孤立・満洲分離

 

1933年②(昭和8年)

満蒙への日本からの玄関口になる大連
満蒙への日本からの玄関口になる大連

建物は大連ふ頭公社

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南満洲鉄道(満鉄)の全景
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皇太子の誕生
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満蒙への日本からの玄関口になる大連
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建物は大連ふ頭公社

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1933年②(昭和8) 国際的孤立・満洲分離


前年5月の「五・一五事件」の10日後に誕生した「挙国一致内閣」の負わされた課題は、9月の「満洲国の承認」と「国際連盟の脱退問題」で、満洲国(今の遼寧省・ 黒竜江省・吉林省の東北三省)を分離したい関東軍は、1933年(昭和8)1月に万里の長城の東端で、華北の要衝地の山海関で軍事衝突を起こし、長城線を超えて張学良軍の支配下にあった熱河省(今の河北省・遼寧省及び内モンゴル自治区の交差地域)に侵入する「熱河作戦」を開始し、3月に占領した。3月に日本が正式に国際連盟から脱退して、世界から孤立した日本政府は、関東軍をさらに天津・北平(北京)に向けたことで、5月末に熱河省の塘沽(タンクー)で停戦協定が成立、この中国との協定により関東軍は中国側に万里の長城以南を非武装の中立地域として認めさせ、熱河省の満洲国への組み入れの成功と事実上の中国からの満洲国切り離しに成功した。さらに独自外交としてソビエト政権と北満鉄道(東清鉄道から改称)の満洲国への譲渡について会談を開始した。軍事費予算1億円と日本国と満洲国間の貿易伸長による「満洲景気」「戦争景気」で経済は息を吹き返し、12月23日に天皇(裕仁天皇)の第一皇子として明仁親王(継宮、後の平成の天皇、)が御誕生され、 久しぶりの明るい話題となった。

年表

【1933年(昭和8)】


・2月 国際連盟会場から日本代表が退場

    小林多喜二が虐殺される

・3月 日本が国際連盟から正式脱退

    昭和三陸地震

・4月 小学校で新国定教科書(サクラ読本)

・5月 日中停戦(満洲事変の終了、塘沽協定)

     ソビエトが満洲国に東支鉄道譲渡を提唱

・6月 大阪市内で「ゴーストップ事件」

・7月 京都帝国大学で滝川事件

・8月 関東防空演習

・9月 五・一五事件の陸軍判決

・10月 五相会議の開催

・12月 松岡洋右が政党解消を提言

     明仁親王(平成時代の天皇)の誕生


《世界の動き》


・1933年、1月にドイツ首相にヒトラーが就任

     ナチスがユダヤ人の店の不買運動を指揮

     ドイツが軍縮会議、国際連盟から脱退

・1933年、アメリカ議会でニューディール政策の諸法成立

・1933年、ローズベルト大統領がソ連を承認

・1933年、アメリカで「ニューディール政策」が始まる

 
日本と世界
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