昭和(戦前)

華北の傀儡政権と八・一宣言

 

1935年②(昭和10年)

日本の中国侵略(分離工作)
日本の中国侵略(分離工作)

東北部(満洲)・北部(華北)

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<満洲開拓民入植図>
<満洲開拓民入植図>

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延安の毛沢東(左)と紅軍委員会主席(朱徳)
延安の毛沢東(左)と紅軍委員会主席(朱徳)

満1年の「長征」で目標の延安に抗日のため、中央政府を樹立した中国共産党指導者

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日本の中国侵略(分離工作)
日本の中国侵略(分離工作)

東北部(満洲)・北部(華北)

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1935年②(昭和10)  華北の傀儡政権と8・1宣言


中国大陸では「関東軍」が東北部の満洲国を国民政府から分離に成功すると、今度は「支那駐屯軍」により「華北」とよばれる北京・天津と河北省・山東省・山西省・察哈爾(チャハル) 省・綏遠(スイエン)省の5省から国民政府を排除して分割する「華北分離工作」(中国では華北事変)を「華北五省自治運動」の名目で企画、陸軍省・海軍省・外務省の三省会議で「第一次北支処理要綱」を経て、中国の親日派を担いで傀儡(かいらい)政権を樹立しようとした。 それに対して中国東北部の各地域の抗日勢力は、中国共産党の指導で「東北人民革命軍」(後の東北抗日連軍)を編成、さらに8月 1日に「抗日救国」のため、従来の戦略を大転換させ、 中国共産党は、犬猿の仲の国民政府との内戦を中止して 「抗日民族統一戦線」の結成を呼びかけ(八・一宣言)、『日本帝国主義打倒』を叫んで国民党軍の蒋介石の呼び込み工作を開始したが、11月に華北に日本の傀儡政権「冀東(きとう)防共自治政府」が樹立されると、さしたる抵抗を示さなかった国民政府・国民党軍に中国民衆の危機感が高まり、12月9日に日本の華北侵略に抵抗する北平(北京)の学生1万人が参加して大規模な抗日デモ(十二・九学生運動、中国では、一ニ・九運動)が起こり、学生たちは中国の抗日映画「風雲児女」(1935年5月上映)のラストシーンに流れた挿入歌「義勇軍行進曲」(作詞・作曲はともに日本留学経験のある中国人)の歌詞「起て!奴隷になりたくない人々よ!われらの血肉で、われらの新たな長城を築こう!中華民族は最も危険な時を迎え、一人ひとりが追いつめられ、最後の叫びをあげようとしている。起て!起て!起て!」と唱和しながら行進、デモは国民党軍・警察により鎮圧されたが、やがて「義勇軍行進曲」は抗日運動の歌として広く知られるところとなり、戦後には中華人民共和国の国歌となった。

年表
 
日本と世界
中国共産党の毛沢東(1893~1976)
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中国共産党の「長征」
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抗日の紙幣
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日本国内の博覧会の満洲館
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時の政治
 

第31代首相・岡田啓介内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/31.html

美濃部達吉(貴族院議員)
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