昭和(戦前)

戦時の労働力不足

 

1943年③(昭和18年)

軍属に徴用された技術者たち
軍属に徴用された技術者たち

1942

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国民徴用問答
国民徴用問答

政府発行の「週報」

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朝鮮半島女性の勤労動員
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軍属に徴用された技術者たち
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1942

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テキスト本文

1943年③(昭和18) 戦時の労働力不足〜勤労動員〜


1943 年(昭和18 )2月に東條内閣の厚生大臣・小泉親彦(ちかひこ)は「女子の徴用は不要」と言明したが、徴兵による軍需産業の労働力不足を埋めるため、4月に「女子 勤労動員の促進」が閣議決定され、9月には事務補助、鉄道車掌など17職種で男子就業が禁止され、未婚女子の就労が促された。10月には民間企業を軍需会社に指定する「軍需会社法」が公布され、11月に「軍需省」(商工省の大部分と企画院が統合、大臣は東條英機が兼任、次官は岸信介前商工大臣)が12月に施行となったが、陸海軍の間で航空機資材の奪いあいが始まっていた。1944 年(昭和19 )の 1 月18日に第一回として航空機関連の民間会社150社が軍需会社に指定され、東條英機は「勤労を逃げる有閑娘、婦道に恥じよ」と発言し、19日に14才~25才未満の婦女子を軍需工場に「女子挺身隊」として配備することが決定された。その後に指定軍需会社は自動車産業・石炭産業・電力産業などにも拡充、8 月23日には「学徒勤労令」とともに「女子挺身勤労令」が同時に公布され、未婚女性の20才~40才が軍需工場での航空機製造や弾丸製造への勤労動員が強制された。朝鮮総督府も同日に「女子挺身隊勤務令」を公布、即日施行して、満12才~40才未満の未婚女性を勤労作業に動員した。 8月からは従来の朝鮮人の官斡旋方式(昭和17年 3月~)を存続するとともに保留になっていた朝鮮半島での「国民徴用令」(昭和14年公布)を適用し、9月から朝鮮総督府の命令により内地への本格的な強制的な徴用が始まると、命令権を持つ軍需省の統制下で低賃金労働を余儀なくされた。 1945 年(昭和20 ) 3 月 6日に到っては国内の小学生から65歳以下の年寄りまでを「国民義勇隊」とする閣議決定、『一億総戦闘体制』を整え、日本国内の労働力(病人を含む)を根こそぎ戦争遂行に動員することに法的根拠を与える「国民勤労動員令」が公布された。

年表

【戦時動員年表1943~1945】


1943年(昭和18)

・6月 学生の徴兵猶予廃止の閣議決定

・7月 東京府が東京都になる

・9月 女子の勤労動員が強化

・10月 「軍需会社法」が公布

    学徒出陣壮行会(神宮競技場ほか)

    大日本育英会(現・日本育英会)が設立

・11月 軍需省・運輸通信省・農商省が発足

               大東亜会議の開催

・12月   学生の入営開始

     徴兵年齢が1才引き下げ(19才に)

     「軍需会社法」が施行


(昭和19年)

・1月  女子挺身隊が結成

・8月 「学徒勤労令」「女子挺身勤労令」(14才~25才、

    未婚) 朝鮮半島に「国民徴用令」適用


(昭和20年)

・3月 朝鮮総督府令の発令(徴用労働が始まる)

 
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第40代首相・東條英機内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/40.html

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