昭和(戦後)

政党の復活・憲法改正~憲法9条~

 

1945年⑥(昭和20年)

新憲法公布の祝賀大会
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〇印の中に天皇・皇后

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憲法9条の新聞報道
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新憲法公布の祝賀大会
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テキスト本文

1945年⑥(昭和20) 政党の復活・憲法改正〜憲法9条〜


昭和20年9月22日に「降伏後における米国の初期の対日方針」を発表し、事実上のアメリカの単独占領を規定し、GHQは日本から封建的なものの一掃を図り、「忠臣蔵」の歌舞伎上演は盲目的な忠誠心を助長するとして禁止、その一方で日本はGHQから新しく「民主主義」を教えられ、「政党政治」が復活、かつての労働農民党系・日本労農党系・社会大衆党系が大同団結して「日本社会党」が誕生、戦前に東條内閣を批判して軽井沢に隠遁していた鳩山一郎が河野一郎・芦田均らと合流、さらに旧立憲民政党に属していた三木武吉(ぶきち)が参加して「日本自由党」が10月に結党した。その10月にGHQは、日本政府に大日本帝国憲法の改正を指令し、新憲法の改正作業が緒についた。明治憲法には天皇の戦争統帥権に関して曖昧だった欠点があり、昭和天皇から統帥権を侵害したと名指しされた元駐イタリア大使・白鳥敏夫は、戦後の日本の「国体」でも天皇制を守ろうと新憲法に「戦争放棄」と「軍備撤廃」を謳う書簡を外務大臣の吉田茂を通じて首相の幣原喜重郎に送付した。翌1946(昭和21)の元旦に「新日本建設に関する詔書」が新聞に発表され、「五箇条の御誓文」(1868)を冒頭に引用したあと、天皇自ら神格を否定されて天皇の「人間宣言」となった。同月22日に「極東軍事裁判条例」が布告され、24日にマッカーサー元帥が首相の幣原喜重郎と会談、幣原の口から出た「戦争放棄」の言葉にマッカーサーが「戦争放棄を世界に表明して、天皇を日本国民の象徴と憲法に明記すれば天皇制が存続できる」とアドバイス、翌日にマッカーサーは「もし天皇を起訴すれば100万の軍隊の駐屯が必要」と本国の陸軍参謀総長に文書回答した。1月末になって天皇主権を維持する旧来型の政府案の「甲案」と「乙案」が閣議提出され、また、各政党も民間憲法草案を発表したが、2月1日に毎日新聞が政府案に近いものをスクープし、GHQが直ちに否定したことで迷走が始まった。2月初旬にマッカーサーは日本側の憲法改正作業の完成を待つことなく、GHQ民生局に憲法草案の起草を命令した。2月8日に政府は改正要綱をGHQに提出、2月13日にGHQは幣原首相と「天皇の存置」「封建制の廃止」「戦争の永久放棄」を憲法制定の3原則とするマッカーサーの案を独自案として日本側に手渡して受け入れを求め、同時に極東軍事裁判の9人の判事が決定し,天皇が神奈川県川崎市を皮切りに巡幸を開始した19日のその3日後に政府はGHQの憲法案の受諾を閣議決定した。GHQの憲法案を基礎に3月4日・5日にGHQ民政局のケーディスとハッシー、内閣の憲法調査委員会の佐藤達夫、吉田外相側近の白洲次郎などの合議で憲法成案ができ、3月6日に「憲法改正草案要綱」として発表された。そして憲法改正を審議すべく4月10日に戦後初の衆議院選挙が実施され、新生の「日本社会党」が比較第一党となり、また、日本初の女性議員39名が誕生し、いよいよ5月16日に第90特別議会が招集された。6月に憲法改正草案が議会に上程されて審議され、帝国憲法にのっとり、貴族院・衆議院・枢密院の審議を経て11月3日に戦後の民主的憲法が公布された。(施行は翌年5月3日)。宮内省が廃止された翌昭和22年の1月16日には法律として「皇室典範」が成立、5月3日にいよいよ「戦争の放棄」を目玉とする新憲法が施行され、同時にその第一章の第一条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とする「皇室典範」も施行となり,秩父宮家(大正11年に大正天皇の第二皇子が創設)・高松宮家(旧・有栖川家)・三笠宮家を除く11の宮家が皇籍から離脱、51人の皇族が平民として戦後社会を生きることとなった。

年表

【1945年(昭和20)~1947年(昭和22)】


1945年(昭和20)

・8月 マッカーサー元帥が厚木飛行場に到着

・9月 米軍艦「ミズーリ号」で降伏文書に調印

    天皇が米国大使館でマッカーサーと面会

    幣原喜重郎内閣が組閣

・10月 国際連合が新発足(第1回総会は翌年1月)

・12月 GHQが第一次農地解放を司令(翌年2月実施)


1946年(昭和21)

・1月 天皇が元旦の詔書で神格を否定(天皇の人間宣言)

・4月 憲法改正草案(政府案)が公表

     衆議院議員総選挙(戦後初の総選挙)

・5月  東京裁判が開廷

            第一次吉田茂内閣が組閣

・6月 新憲法草案が議会に上程・審議

・9月 生活保護法が公布

・10月  日本国憲法が可決成立

・11月 3日に日本国憲法が発布


1947年(昭和22)

・5月3日 改正憲法が施行

 
日本と世界
《韓国・米》連合軍歓迎の朝鮮人
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《韓国・日本》韓国人政治犯の釈放
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《韓国・日本・連合国》降伏文書に調印
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《露・北朝鮮》ソビエト軍の朝鮮半島上陸
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《中国》日本(中支那軍)の降伏調印
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《イギリス》南西諸島方面軍の降伏調印
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時の政治
 

​第43代首相・東久邇宮内閣 (s20/8月17日~s20/10)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/44.html

昭和20年10月5日 東久邇宮内閣が総辞職

​第44代首相・幣原喜重郎内閣 (s20/10~s21/5)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/44.html

 

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戦後の民主主義の始まり
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東久邇内閣
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女性史
 
女性に投票を呼び掛けるチラシ
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【戦後初の大相撲】大相撲秋場所
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