昭和(戦後)

中東の新秩序(イランとサウジ)

 

1951年③(昭和26年)

イランにおける石油国有化要求
イランにおける石油国有化要求

イラン議会前

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イランの反英暴動
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イランの石油精製設備
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イランにおける石油国有化要求
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1951年③(昭和26)中東の新秩序(イランとサウジ)


第二次大戦中の 1943 年(昭和18)に、中東の建国間もないサウジアラビア王国(1932年建国)の初代の老国王(アブドル・アジズ)は、隣国イエメンに対抗すべく同盟国としてアメリカに白羽の矢を定め、2人の王子をワシントンに特使として送り、ローズベルト大統領に面会した。戦時の石油ルート確保・戦後の中東における同盟国を求めていたアメリカの思惑と一致し、 2年後の1945年(昭和20)の原爆実験の成功後、戦後世界の枠組みを決めるべく開いた米(ローズベルト)・英 (チャーチル)・ソ(スターリン)の「ヤルタ会談」の帰路に米大統領自らサウジアラビアの老国王とエジプトのスエズ運河の米艦上で会談した。両国の間で同盟条約がなり、米国=サウジの蜜月関係(安全保障と油田開発権のバーター取引)が始まった。一方、第二次大戦後の独立運動の熱波は中東・アジアにも及び、イギリスの影響下にあったイランで1951年(昭和26)に国民の支持を受けた反欧米の新任首相(モサデク)が、唯一の収入源だった英アングロ・イラニアン石油(現・BP )の国営化を図る事態となった。当時の国際石油市場を握る英米の石油資本を怒らせたことで、米政府の中央情報局(CIA)と英政府の情報機関がイラン石油の市場締め出しを図って、イラン国軍の一部と結んだ軍事クーデターが2年後の1953年(昭和28)に起こり、モサデク首相は追われ、対立していた親英米のパーレビ国王主導の統治が始まり、戦後のアメリカとイランの新しい蜜月関係が始まった。また、1951年(昭和26)には地中海と紅海を結ぶスエズ運河のあるエジプトで、政府が屈辱的なイギリスとの英エ条約(1936)破棄をイギリス政府に通告すると、逆にイギリス軍のスエズ運河地帯への駐留を表明したため、反英気運が沸騰した。 アラブ諸国と英米の対立が顕著なものとなる中、日本独立後の1953年(昭和28)に日本から極秘裏に民間派遣された石油タンカー「日章丸」がイラン石油の調達に成功し、ここに新しい日本とイラン国の友好の歴史が始まった。

年表

【中東年表-1943年~1957年】


1943年(昭和18)サウジアラビア国王が米に王子を派遣

1945年(昭和20)サウジアラビアとアメリカが同盟条約

1949年(昭和24)イスラエル建国・第一次中東戦争勃発

1951年(昭和26)イランで英アングロ・イラニアン石油国有化

1953年(昭和28)イランの軍事クーデター

        親英米のパーレビ国王が実権

    日本がイランから石油調達(日本とイラン関係始まる)

1954年(昭和29)イスラエルとエジプトが対立

1956年(昭和31)エジプトがスエズ運河を国有化宣言

        第二次中東戦争(~1957、スエズ動乱)  

 
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​第48代首相・第3次吉田茂内閣(s24/2~s27/10)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/48.html

昭和26年7月4日 吉田改造内閣が成立

昭和26年10月  社会党が右派・左派に分裂  

昭和26年12月26日 ​吉田改造内閣が成立

吉田茂首相
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