平成

難航する普天間基地の移設問題

 
目次

2010年(平成22年)

米軍の普天間基地
米軍の普天間基地

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辺野古基地建設に反対
辺野古基地建設に反対

2015年/平成27年

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埋め立てが進む辺野古基地予定地
埋め立てが進む辺野古基地予定地

2018

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米軍の普天間基地
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2010年(平成22)  難航する普天間基地の移設問題


普天間基地は、沖縄県宜野湾市にある米軍海兵隊普天間飛行場の機能を果たす米軍基地で、1945年(昭和20) の沖縄戦のさなかに島南部への侵攻のため、また、日本本土への攻撃拠点として普天間飛行場が建設され、元はといえば、この地に住む住人の集落だった。日本敗戦後は、米軍の施政下におかれ、1946年(昭和21)半ばに、元住人らが基地周辺に村落を作り生活した。当初は陸軍が管轄し、朝鮮戦争時には国連軍の後方基地として使用され、1960年(昭和35)に海兵隊の普天間基地となった。しばしば、米軍機が墜落する危険な基地だったが、1995年(平成7)に沖縄県で3人の米軍兵が12歳の少女に性的暴行する事件が起こった。日米地位協定の取り決めによって、犯人の日本への引き渡しはなく、この事件を契機に初の「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)が開催され、11月には「SACO」(沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会)が設置された。翌 1996年(平成8)に沖縄県民の反基地感情が沸騰し、基地の返還を要求し、米軍の普天間基地の移設問題が沸き起こった。2月に自民党政権の橋本龍太郎首相が、 クリントン大統領に基地の返還を要請、住宅地に隣接する危険な基地につき、橋本首相と駐日アメリカ大使 (モンデール)との間で、代替基地の完成を条件に、5 ~7年以内の返還につき4月に合意となった。翌1997年(平成9)には、普天間基地の代替基地の移転先に海上の名護市辺野古付近に固まったが、12月にその是非を問う住民投票が名護市で行われたが、反対票が過半数を上回る52.86%となり、当時の名護市長は、 急浮上した市内のキャンプ・シュワブ案への基地受け入れを表明して辞職した。1999年(平成11)には、沖縄県がやはり移転先を名護市辺野古沿岸域に決定し、岸本名護市長が受け入れを表明した。2002年(平成14) に移転計画案が固まったが、移設作業は進展せず、2004年(平 成16)に今度は、米軍のヘリコプターが沖縄国際大学の敷地内に墜落した、幸い夏の8月13日で、学生らには死傷者はなかったが、この米軍ヘリ墜落事件が起きたことで地元の基地返還要求はさらに強まった。平成 22年(2010)1月、沖縄県名護市の市長選挙で、民主党推薦の基地移設反対派の稲嶺市長が初当選、4月に沖縄県に米軍基地はいらないとして基地移設反対9万人集会が開かれ、翌5月に「最低でも県外」と口にした鳩山首相が、沖縄の基地を県内と徳之島(鹿児島県)に分散すると表明、28日には辺野古の海を埋め立てることを閣議決定し、「辺野古移設が確定」した。ところが、 沖縄県民から「最低でも県外」の発言に裏切られた、と迷走に孟反発した。直後に社民党(1996年に社会党から改称)が連立政権から離脱、鳩山首相・小沢幹事長が相次いで辞意を表明、首相の後任に菅直人が民主党代表選に勝ち、菅内閣が発足したが、11月に実施された沖縄県知事選に基地の県外移設を公約にした仲井真知事が当選し、辺野古の海を埋め立てて新たな基地を作り、普天間基地を廃止する移設話は、暗礁に乗り上げてしまった。

年表

【2010年(平成22)年表】


・1月 社会保険庁にかわり、日本年金機構が発足

・4月    宮崎県で牛の口蹄疫が判明              

・5月 鳩山内閣が普天間飛行場の辺野古移設を閣議決定 

・6月 菅内閣発足、女性閣僚2人       

           父親の育児休業の取得を促進する「改正育児

   ・介護休業法」が施行                 

・7月 参院選で民主党が歴史的大敗。女性17人当選     

     国連総会で「UN ウィメン(国連女性機関)」

     の設立を決議

・8月「改正児童扶養手当法」が施行(父子家庭への

    児童扶養手当支給)

     北朝鮮で三男の金正恩が後継者となる                        

・12月「第3次男女共同参画計画」を閣議決定

   日本のジェンダー・ギャップ指数は134カ国中94位


《世界の動き》


・2010年、ハイチで大地震(死者30万人以上)(1月)

・2010年、日中歴史共同研究の成果を両国で発表(1月)

・2010年、Google中国本土から撤退、香港に拠点移動(3月)

・2010年、上海万博が開幕(5月)

・2010年、南米コスタリカに初の女性大統領が誕生(5月)

・2010年、オーストラリアに初の女性首相が就任(6月)

・2010年、尖閣沖で中国漁船、海上保安庁の巡視船衝突(9月)

・2010年、金正恩(金正日の3男)が後継者に(9月)

・2010年、中国の劉暁波がノーベル平和賞(10月)

・2010年、成都・西安などで反日デモ発生(10月)

・2010年、ウィキリークスが機密文書をネット公開(11月)

・2010年、アウンサン・スーチー自宅軟禁解除(11月)

・2010年、北朝鮮軍が、韓国の大延坪島を砲撃し死者(11月)

・2010年、中国の名目GNPが日本を抜き、世界第2位となる


 
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